前回のブログで激推ししていた映画「機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ」がとうとう公開になりました!
初報では2020年7月23日公開予定でしたが御多分に洩れず延期になり、2021年5月7日に変更になったものの追い討ちをくらって再度の延期、しばらく目処が立たなかったのでヤキモキしていましたが、とうとう先日6月11日から全国ロードショーとなっております。
公式広報も大変そうで見ててハラハラしました。無事に公開されてよかったです。
私はガンダムファンクラブなるアプリ(月額600円で大抵の過去作品が視聴可能)やYoutubeの公式チャンネル「ガンダムチャンネル」で過去作品を復習したり、原作小説で予習したり、ガンダムカフェで再現メニューを食べたりして待っていました。あとなんでかわからないけど諏訪部順一が歌ってる他アニメ作品のキャラソングとかを聴いてました。本当になんで?

その結果

初日に2回、翌日もう1回鑑賞しました。
同時発売のBlu-rayも劇場限定版(過去イベント映像とサントラCD、原作小説上巻、小説上巻の朗読CD6枚組が付属)を入手済みです。
原作小説、従来のスニーカー文庫と、映画化に当たって発行された新装版を両方買ってしまったので、これで3冊目になってしまった。

公式HPのどこを見ても見当たらないのですが、ニュースサイトなどによれば、閃ハサ映画は3部作らしく、1作目の今回は、原作小説が上・中・下の3部構成になっているちょうど上巻が相当していました。場面をひとつひとつ見ていくと省略・割愛されているシーンも結構ありましたが、物語の骨子に至る部分は過不足なく、むしろわかりやすく整理・再構成されていて素晴らしかったと思います。もっとも現時点でまだ1/3なのでこの後どうなるのか次第で評価も変わってしまいますが…個人的には2部目もかなり期待しています(今日読んだ関連記事では2作目の公開時期は未定とのこと)。

ここまで前置きです。
以下、原作小説や逆襲のシャア他関連作品全般のネタバレを含む感想です。
原作小説の刊行は30年前だし、物語性を排除して味わうビジュアルやサウンド表現も非常に質が高いので、オタクの感想で価値が損なわれることはないとは思いますが…念のため。
Twitterでぐちゃぐちゃ言ってたことのまとめ的な部分もあるので、フォロワー諸氏にはもう読んだ内容かもしれません。
あと、閃ハサの感想と見せかけて読み返したら逆シャアの話ばかりでした。よくわかりません。

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まず、原作小説の冒頭にある著者・富野由悠季の言葉について。
「言葉というものは、多重性と曖昧さをもって、真実を伝えることはない」
今から小説が始まるぞというところでこんなこと言う人います…?
しかし、オタクとして思い当たる節がないわけでもないというか。
例えば私は宇宙世紀で言えばアムシャアのオタクなのですが、「アムシャア」という言葉では含む意味が多すぎてなのか特定できないと思いませんか?
ここから多重性と曖昧さを排除するとしたら、「原作通りのアムシャア」になるでしょうか。
アムロとシャアはセックスとかしないし…2人は敵対して共闘して最後にまた争って共に散るだけだし…。
シャアは1人ではどこにも行けなかったから、アムロが連れていってあげたんだよ(ぐるぐる目)。
……しかし、果たしてこれで本当に真実私の意図するところが伝わっているのでしょうか?
富野が言っているのはそういうことだと思っています。
真実はわかりません。

初っ端「アムロとシャアの意思を受け継いだ青年」と呼ばれているのが、今作の主人公のハサウェイ・ノアです。
ハサウェイは、もっとも有名なガンダムパイロット、アムロ・レイの上司であるブライト・ノアの息子という立ち位置で、機動戦士Zガンダムから登場します。
さて、ハサウェイはアムロとシャアから一体何を受け継いだのか?
逆襲のシャアのアムロとシャア、ハサウェイと、閃光のハサウェイでのハサウェイについて確認していきましょう。

https://youtu.be/qKNCm59AoLc

冒頭15分ではあまり逆シャアとの繋がりは見えませんが、12:15頃にハサウェイが幻聴する声は、12年前のシャアの反乱時に失った片恋の少女クェス・パラヤを想起させます。

U.C.0093、人類は宇宙空間に進出し、居住するようになってからすでに1世紀近くが経過していました。地球を離れ、過酷な環境で暮らす人々の中で、これまでは使うことのなかった脳の機能を使うようになったことで、例えば他人の心が分かったり、未来予知のようなことができるなどの新しい能力を獲得する者が現れました。彼らはやがて「ニュータイプ」と呼ばれるようになります。
クェスは地球生まれ地球育ちにもかかわらず、上述のような素質があり、地球連邦政府高官の父親は彼女を持て余していました。

その頃、しばらく鳴りを潜めていたシャア・アズナブルが宇宙に住まう人々(スペースノイド)の代表として立ち上がり、ネオ・ジオン総帥として地球連邦政府に宣戦布告を行います。かねてより地球連邦政府は人口爆発による環境破壊や食料問題の解決策として宇宙移民を半ば強制的に実行してきましたが、政府の閣僚、官僚やその家族といった特権階級の人々は相変わらず地球にとどまったままであり、その生活に必要だとしてさらに多くの人間が居住を続け、地球を汚し、あまつさえスペースノイドなど眼中にないかのような政策をとっているため、スペースノイドと地球人の関係は険悪なものとなっていました。
シャアは地球に残るすべての人間が宇宙へと住まいを移すことで、地球人とスペースノイドの垣根を無くし、諸問題の解決をはかること、また2勢力の対立ひいては戦争を絶対に起こさないようにすることを望んでいました。
クェスの父親は、そんなシャアと政治的な会話を持つため宇宙に出張することになり、クェスもこれに同行します。
一方のハサウェイは、宇宙で艦隊司令を執る父親とは離れた地球で、母親と妹と3人で暮らしていました。しかし、シャアの宣戦布告を受けて地球にとどまることは危険だと判断した母親の手配で宇宙へ上がり、父親と合流する手筈を整えます。
その宇宙行きのシャトルの中で、ハサウェイとクェスは出会うのです。

ハサウェイはシャアの主張を我が事として受け止めることはできませんでした。ハサウェイには、スペースノイドが地球から受けた仕打ちとそれに対する感情を理解できていないのです。つまり、この時点でハサウェイにはシャアの意思(思想)を受け継ぐ土壌がないわけです。
しかし、クェスはシャアの、スペースノイドの悲願を理解できると言い、地球という惑星から宇宙全体を治めようとする父親ひいては地球連邦政府のやり方に異を唱えます。
その結果、クェスはシャアの元へと身を寄せ、地球連邦と敵対する立場となってしまうのでした。
クェスの離反を止められなかったハサウェイは、それでもなんとかクェスを取り返したいと望みますが、軍人でもない一介の少年にできることはありません。
やがて連邦軍とネオ・ジオン軍は戦闘状態に突入します。
アムロ・レイはパイロットとして出撃しますが、当然ハサウェイに手解きをすることもありません。アムロから意思を受け継ぐ機会もないわけです。
話はそれますが、アムロがシャアを止めようとするのは、義理のようなものだと私は思っていて、シャアの考えが誤っているからとか、地球を守りたいからとかよりはよっぽどシャアに同情している様子が作中からも伺えます(「シャアはオレたちと一緒に反連邦政府の連中と戦ったが、あれで地球に残っている連中の実態がわかって本当に嫌気が差したんだ」は私が逆シャアの中で最も好きなセリフのひとつです)。だからネオ・ジオンと対立するアムロの感情の動きには、そもそも受け継ぎ得るような意思が見られないんですよね。

クェスはシャアの元でパイロットの訓練を受け、MS(モビル・スーツ、人型戦闘兵器)を与えられ、戦闘員として戦場に出ます。クェスは従来持っていたニュータイプの素養をパイロット特性として発揮し(例えば未来予知で命中&回避にバフがかかる)、戦果をあげていきます。
戦況は混迷に至り、ハサウェイはとうとう空いたMSを見つけて乗り込み、戦場に飛び出していきます。
強大なMSを操るクェスに真っ向から語りかけ、地球連邦側に戻ってくるよう説きますが、クェスは聞く耳を持ちません。
そんな中、地球連邦サイドからクェス機に向かって砲撃が放たれます。クェスは、このままでは自分の機体にしがみつくようにしているハサウェイ機に当たってハサウェイが死んでしまう様子を幻視します。
シャアを捨ててハサウェイの元に戻ることはできなかったクェスですが、ハサウェイを見殺しにすることもできず、結局彼女はハサウェイを庇って被弾、命を落とすことになりました。
これが彼のその後の人生に暗い影を落とすことになるのです。
さらに、ハサウェイの一連の行動は明確な違法行為、懲罰対象でしたが、父・ブライトの動きもあり、「敵機を撃墜した功績」として不問に付されることとなります。
従って、地球での彼の名は、シャアの反乱時に軍人でないにもかかわらずMSに搭乗し敵機撃墜を果たした、勇敢で優秀な少年のものとして受け入れられることになったのです。

説明が長くなりましたが、そういう経緯があったハサウェイの心の中にはまだクェスがいるのだ、その声によってハサウェイは導かれているのだ、とわかるのが先のシーンなわけです。
当時のハサウェイは、もちろん幼かったこともあり、思いついたことをがむしゃらに達成しようと頑張るんですよね。その結果、片想いしていた女の子の命を奪うことになってしまって、それで閃ハサの彼は、どうやら意図的にそれを抑えて暮らしている。しかしふとした瞬間に「それ」が表に出てしまって、常にそれに後悔してるんですよ。
15分映像で「やっちゃえ」「やっちゃいなよ」の声を受けて検討する間も無くテロリストたちの制圧にかかるシーンも、これによってギギにハサウェイこそがマフティーであると確信を持たせることになり、そのせいでその後の作戦に狂いが生じていく(そしてケネスもハサウェイの正体に気づく)。
自分の正体を知ったギギを放置することもできず、ギギの物言いに流されるようにホテルの同室で宿泊することになり、そこで目の当たりにしたギギの振る舞いに古傷を抉られるような気持ちで「クェス・パラヤと同じか…」などと嘆く羽目になる。
ハサウェイが軍の監視下から逃れて仲間と合流するための陽動としてホテルが襲撃されるが、市街地でMS戦が繰り広げられている中をギギと逃げ回りながら、怯えて取り乱すギギを捨て去ることができずにその機会をふいにしてしまう。
……。

見たとこ全部ギギ≒クェスに囚われてるせいじゃないか……。
市街地で戦闘から避難している中、合流するはずだった味方の女性に「あんたの悪いところが出てる気がするよ」って言われちゃってるしな。
でも、その「悪いところ」が明確にある感じ。自覚もしているのに手放せない。そのどうしようもなさは、言い換えると非常に人間らしくて、彼を偶像にさせない砦としても機能しているような気がしています。また、それによってマフティー殲滅を任務とするケネスはハサウェイ自身に好感を持ち、正体を知ってなお敬意の対象と並立した対立関係になれたわけです(これは原作小説の中・下巻の範囲だけど)。

さて、逆シャアの終盤で、シャアが地球に落として地球上の人類を滅亡に追い込もうと画策した隕石(しかも核兵器を搭載している)を、アムロはたった一機のガンダムを駆って大気圏突入から阻止しようと奮闘します。隕石は地球の重力に惹かれてどんどんその距離を縮めていきます。誰もが不可能だと思うような絵面。そんな中、アムロの行動に心を動かされた他のMSパイロットたちが、連邦もネオ・ジオンも関係なしに集い、アムロと共に隕石を地球の重力の及ばぬ範囲へと押し返す戦力として加わります。
集った人々の想いは、ガンダムを構成する新物質「サイコフレーム」の共振を呼び、光となって隕石を包みます。サイコフレームは人の意思を具現化する力を持つとして研究が進められていました。それがこの期に発動し、隕石が地球に落ちるのを防ぐ力となったのです。
そしてアムロとシャアは消息を絶った……。

というところで、改めてアムロとシャアから受け継ぎうる意思について考えましょう。
シャアは、隕石を落として地球上の人類を掃討してでもスペースノイドを救いたかった。アムロは、シャアの暴挙から地球とそこに住む人々を守った。
シャアは、人間に絶望していた。アムロはシャアの絶望を知った上で、だからこそ人々に希望を見せなければならないと語った。
ハサウェイ、この2人から何を受け継げるというのだ。そもそもハサウェイはこの口喧嘩(マジで口喧嘩)を聞けるところにはいないからシャアの絶望もアムロの救いの手も知り得ないのに。

なんだろうな。初志貫徹するところか?

視点を変えて、その意思を継いだハサウェイ=マフティーがやっていることを見てみます。
反地球連邦組織マフティー・ナビーユ・エリンは、地球連邦政府に対し、地球環境を守るためすべての人類が地球を離れる政策を採るよう要求しています。しかし政府がこれに応えることはなく、「地球に住む」特権が世襲によって着々と引き継がれている始末です。マフティーはそんな特権階級の人々の「粛清」を実行します。危機感を抱いた特権階級=地球連邦政府閣僚らは、地球でマフティーに対抗する術を練るべく会議の開催を決定します。当然、その情報を掴んだマフティーは、粛清対象が一堂に会するこの会場への襲撃準備を始めるのでした。

守りたい対象は異なるものの、要求としてはシャアの反乱時の主張と似たところがありますね。
手段はいずれもすべての人類が地球を出ることです。
しかし、予告映像でもハサウェイがしばしば述べている「すべての人間が地球に住むことはできない」は果たしてシャアの、あるいはアムロの思想だったでしょうか?
シャアとしては、地球のことなんて知ったこっちゃないわけです。何しろ核爆弾を叩きこもうとしてるくらいですからね。
アムロは地球連邦軍として地球に籍を置いているわけですから、そこに住む人にどうこう言う権利はほぼないです。自分だってそのうちの1人なわけですからね(逆シャア時点では宇宙勤務が長くてほぼほぼ地球にいませんが…)。
また、シャアが主張したスペースノイドの権利について、ハサウェイが触れることはありません。
それは、ハサウェイの地球での役割が植物監査官だからかもしれないし、マフティーという組織の黒幕(作中で正体が明かされることはない)の思想によるところも大きいのかもしれませんが、とにかく目的がシャアともアムロとも異なるわけです。

ハサウェイはケネスやギギと別れ、マフティーの基地に戻ります。そこで明確に「僕は代わるよ」と心に決めるシーンがあります。ハサウェイ・ノアがマフティー・ナビーユ・エリンのエースパイロットに切り代わる。
そのとき、彼は心の中で、自分の今までの過ちを振り返って「そうだねクェス」と呼びかけるんですよ…。
お前、結局クェスなのか!?!???!?!!?
逆シャアでは、クェスは最初同じニュータイプと目されるアムロに目をつけ、親しくなろうとするが思うようにいきませんでした。そして、それへの反目の気持ちも手伝って、シャアに鞍替えするのです。また、そもそもクェスがアムロやシャアに求めていたのは父性だと言われています(政府高官の父親はクェスに理解がなく、愛情を注ぐこともなかった)。
それはハサウェイには逆立ちしても与えることのできないものでした。
そんな状況で永久に失われてしまった女の子。理解も愛も永遠に与えられず、もたらされない。
過ちと後悔の行き着く先。
アムロやシャアをたどることで、クェスに至れると思ったのだろうか?
シャアはスペースノイドを救いたかった。アムロは地球と、そこに住む人々のことも守りたかった。
ハサウェイにとって、地球を守ることができれば、クェスを守れなかった過去の自分も救われるだろうか。

いや、ハサウェイ、何かを守る意思ならまずお前の父親の背中を見ろ……!

お前を守り切ったブライト・ノアを見ろ!
物のわかったような顔で「父には苦労をかけました」とか言っている場合では…ないだろうが…!!

以上、ハサウェイがアムロとシャアから何を受け継いだのかに関する感想でした。
もうひとつ、別の重大な部分についても考えていることがあるので、そちらに関してはまた後日まとめられたらいいかなと思っています。