目で見てわかることが好きだった。
身の回りを取り囲む美しいもの、美しいひと。
慕わしさへの囁きは微笑みとともに。愛の言葉には愛の花を添えて。
だから、強さを象徴するような肉体には心ごと惹かれた。
それ以外には何も求めていなかった。
***
「花が好きなわけじゃないけど、その便利さは気に入ってるっちゅう話だよ」
「便利?」
マルコの一種の冷淡さを示すような発言を受け止めている如月は、泥門高校へと花束の山を送り届けさせた際の荷札の写しをその手に持っていた。机の上には、西部高校へのそれがぞんざいに置いてある。
「渡す方も貰う方も、きれいなものは持っていて心が弾むだろう?持ち帰ってもしばらくは見て楽しい。思い出とともに、ドキドキさせてくれる。それでなくてもいつか捨てるものだから、後腐れがなくていい」
そういうものだろうか?と如月は思ってしまうが、マルコの方とて、如月の理解を得ようとしているわけではないのだから、その程度の反応でちょうどいいのだった。常から如月がマルコの意図を理解することは少ない。マルコもそれを求めていない。寂しいような気もするが、張り巡らされた厳つい境界警備を踏み越えてまでマルコの心中に近寄ることに、如月はあまり興味を持たなかった。
如月が荷札の写しをファイルに入れ帳簿に記入を進めていると、部室のドアが開いて、大きな体を屈めてドアの上枠をくぐり抜けた峨王が室内へと足を踏み入れた。
「……」
峨王の視線がマルコの手元へと注がれる。
「欲しい?これ」
ばさ、とマルコが振ったのは、ひと束の花。あまり大きいものではないが、彩りは鮮やかだ。
峨王は無言で顔を背け、自分のロッカーへと向かう。
マルコは花弁で鼻先を撫でながら、着替えを始めた峨王の広い背中の、ゴツゴツとした骨と筋肉の隆起を目でなぞった。
***
「ん、…っ、ぅ」
自分の指よりもひと回り、下手をすればふた回り太い峨王の指が、自分の骨盤に食い込むのを感覚だけで拾い上げながら、マルコは呻く。
枕に顔を埋めるマルコの背中に覆いかぶさる峨王の腰の動きに迷いはない。随分慣れたものだーーマルコは口の端を歪めさせた。
「マルコ」
耳元に唇を寄せた峨王の低い囁きが注ぎ込まれる。
返事をせずにいると、繰り返し呼ばわれるのは、最近ではいつものことであった。
「…マルコ、マルコ」
「うるさい」
顔を背け、その声から逃れようとする。
名前を呼ばれても感慨など湧かない。自分が誰であるかも、相手が誰であるかも、必要のないことのはずだ。
マルコは右手を己の下半身へと伸ばす。
後ろから責め立てられても快楽が生まれることはない。快楽を求めて峨王に身を委ねているわけではない。
グチュグチュと結合部が音を立てる。意外にも峨王との行為は性急さとは縁遠いものであった。熱と熱、体と体が溶け合うのを待つように、時間をかけて、手間をかけて、峨王はマルコの肉体を開こうとするのだ。
マルコにとっては焦れったく、忌々しく感じることに。
「っふ、んんっ」
この右手は間違えない。適度に気持ちよくなる方法を知っている。自分を蹂躙するはずの熱塊が不甲斐なくても。
「マルコ」
「!」
手首をがっちり掴まれて、マルコは思わず息を飲む。普段は自分の体の下でマルコがどうしていようと気になどしていないはずなのに、こんなことは初めてだった。
「っあ!?」
自分の後ろ側を埋めていた熱が不意に引き抜かれて、マルコの喉から情けない音が漏れ出る。肩と腰を強引に掴まれ、体の表裏がひっくりかえる。むき出しの胸から腹から峨王の眼前に晒されて、マルコはたまらず語気を荒げるのだった。
「おい、何をーー」
マルコの抗議は途中で肉の中に埋もれる。言葉の途中だったせいで中途半端に空いていた唇の隙間から、漏れた息ごと峨王の口の中に吸い込まれていく。熱く湿った舌が差し込まれて、マルコの歯を舐め、マルコの歯茎を舐め、マルコの上顎を舐め、マルコの舌を捕まえた。
「~~~~~っ」
息ができない、鼻呼吸でしのごうにも、足りるはずがない。チカチカ、クラクラする。
くるしい、死ぬ、
きもちがいい。
「……」
あと一歩のところで、峨王は身を離す。
マルコは体を広げたままで浅い呼吸を繰り返しながら、続きを待った。
「はっ…は、っ…ぁ…」
眦から涙が溢れ、口の端からよだれを垂らす緩んだ顔を、取り繕うこともできない。峨王は無言でそれを見下ろしている。
これから、何をしてくれるんだろう?
マルコの青い瞳が、焦点を峨王に結ぶ。
精悍な面差しには相変わらず表情がなくて、心境を読み取ることは難しい。
マルコの肉体に触れるのみだったその骨太な手が、頬へと伸ばされる。涙をぬぐい、よだれを取り去る。
「……?」
再び寄せられた唇が、今度はマルコの額や頬に柔らかく押し付けられる。
癖のついた前髪の生え際をなぞった指はそのまま頭部をかき混ぜる。
この行為に伴う感情を悟って、マルコはたまらず身震いした。
「…やめ、」
震える声で制止を匂わせると、峨王は眉間にしわを寄せた。その一片の変化が、彼なりに不機嫌なことをマルコに教える。
「なに、…その顔」
「おまえこそなんなんだ」
顔が近い。
マルコは腕を突っ張って峨王の体を退けようとするが、峨王にはマルコから離れるつもりはないようだ、まるで動かない。
峨王に真正面から覆いかぶされることを、マルコは好まないのに、峨王は何度言っても聞かない。今日だって何とか後ろからの挿入へともつれ込んだのに、結局このザマである。
触れ合う腿の熱が、じんわりと自分に染み入ろうとするかのようで、心が落ち着かない。
「…俺?俺のことは、どうだっていいっちゅう話だよ」
「よくはない」
「なんで?」
「おまえが愛せと言うからだ」
「愛?」
そんな生ぬるいものを峨王に求めたことはない。
圧倒的な力。蹂躙して、めちゃくちゃにする。
踏みつけて踏みにじって踏み荒らす。
マルコが峨王に望むのは、その抗いようもない力で全てねじ伏せること。
マルコ自身をさえ。
「どうでもいいよ、おまえからの愛なんて」
「何だと?」
吐き捨てた言葉に返ってきた声は、怒りを孕んでいる。
マルコは自分の口元が引きつるのを制御できなかった。
恐れではなく、期待によって。
「男には力だって。そっちの方が、俺とおまえに必要なことだっちゅう話だよ」